Interview : フェリックス・ゴンザレス=トレス × ロバート・ストー


ArtPress
1995年1月号
ページ24-32


フェリックス・ゴンザレス=トレスの作品はコンテンポラリーアートにおける、もっとも個人的なことを扱った作品として、国際的なシーンで、すばやく名声を得た。現在、いくつもの彼の展覧会が開かている。グッゲンハイム美術館での個展(1995年 2月17日から5月7日に開催された。)の予定などは、その関心の高さの最たる例だ。政治的に行儀が良すぎる作品と、非難を受けながらも、ゴンザレス=トレスは、以下のインタビューで、過剰にまじめで説教臭い作品に反する、怒れる若者のメッセージをこめた、(知的で陰に潜む)真摯なゲリラ戦を求めていると反論した。


ロバート・ストー(以下R:):最近あなたは、ロンドンでアド・ラインハートやジョセフ・コスースと展覧会を開いていますね。そして、上の世代のアーティストたちと、距離を置こうとしていながらも、あなはたはコスースと一緒に展示をすることによって、その美学的な流れみたいなものを受け継いでいるようで大変驚きました。大体において、若いアーティストは上の世代のアーティストと、(とくにコンセプチュアリストであるあなたが、ラインハートのようなペインターとは)距離を置きたがるものだと思うのですが、そのことについて少し話してもらえませんか?

注:
ジョセフ・コスース・・・コンセプチュアル・アートの始祖。69年に「哲学以降の芸術」というたいそうな本で、形式主義者を批判して一躍名声を得た。「芸術のための芸術」というなんだかよく分からん概念を打ち立てたり。作品は椅子の写真と、辞書からの椅子の記述の引用と、椅子そのものを並べたりしたのが有名だけど、ぼくはタイトルを忘れてしまった。

アド・ラインハート・・・ミニマリズムを代表する抽象画家。黒一色の中にうっすら四角い形の見える絵画が有名。ま、なかなかキレイなんだけどね。


フェリックス・ゴンザレス=トレス(以下FGT:):僕はそういう風には思わない。僕がやってることは、他の何よりもミニマリズムやコンセプチュアリズムがやっていたことの延長のように思える。先人のやってきたことを、ばかにしたり、根底から否定したり、見くびったりする考え方はどうも好きになれない。僕たちは歴史的なプロセスの一部にあり、何か新しいことを始めるのに、父親を殺さなきゃいけないって態度はムカつくね。僕たちはこのカルチャーの一部で、まったく関係ないところからやってきたってワケじゃない。だから、僕がやることはなんでも、どこかのほかのソースから、やってきたものなんだ。上の世代の人には敬意を払うし、いろいろ学んでいる。それを認めることに全然間違いはない。それらの影響を認めるのに不安はないよ。その点において、オリジナリティーについてまったく不安がないんだ。


酔っ払ってアルセチュールを読む


R:どのようにして展示の話がきたのですか?


FGT:どこか道端でジョセフと会って話してたら、彼が、世代もスタイルもまったく違うアーティストながらも、ラインハートをいかに高く買っているかという話になった。まあ、それはジョセフと僕にしても同じだろう。いままで、ジョセフのような作品を作ろうと思ったことはないけどね。ハイデッガーにのめりこんだりもしなかったし、辞書の文を拡大して白黒の写真に挿入したりしようとも思わなかった。それでも、ジョセフには敬意を払うよ。僕たちみたいな、作品で進歩的な社会的なテーマを扱ったりする、新しい世代のアーティストはローレンス・ウェイナーとか、コスースみたいなアーティストによるところが大きいと思う。展覧会のカタログのエッセイでジョセフはうまいことを書いていた。「コンセプチュアルアートの失敗は実際のところ成功だ。」と。なぜなら、僕ら次の世代はこのやり方を流用して、それがアートに見えるかとかそうじゃないかとかは、ぜんぜん気にしなかったんだ。疑いなくそうしてきた。だから、過去を振り返ったり、学校で本を読んだりってのはいいことだと思う。そういった人々から学べるからね。できれば、まねして何かを作ってうまくいかなくっても(そりゃそれより良いものはできないよね。)ある意味で筋の通るものを作ることができる。ホルヘ・ルイス・ボルヘスが言うところのピエール・メナールのドン・キホーテみたいに:まったく同じだよ。でも、今ではそれは正しいことになってるから、ましだけど。一言一言は同じでも、今は歴史として書かれているからね。


注:
ローレンス・ウェイナー・・・60年代頃から野外彫刻を手がけているアメリカのアーティスト。不思議な文章を壁とかいろんなところに書いたりする作品を作っている。

ホルヘ・ルイス・ボルヘス・・・ブエノスアイレス生まれの詩人、小説家、評論家らしい。「幻想文学」ってことらしい。読んだこと無いから知らねー。


R:他にはどんな、理論的なモデルを持ってますか?


FGT:ルイ・アルチュセールの哲学はすごいと思うよ。いつも僕の生徒に言っていることは、一度読んでよく分からなかったら、もう一回読めということだ。それでもよく分からなかったら、ワインでも飲んで酔っ払って、三度目に挑戦しろってこと。そうすれば何かを得られるかもしれない。とはいえ、いつでも制作のことを忘れちゃダメだ。本に書かれている理論は生きていくうえで役に立つかもしれない。それが、すべての理論の役割であるべきだけど。それは、現実を捉える道筋を教えようとしているんだ。僕はその道筋を見つけた、とは言わない。(僕は慎重だからね。)でも、よく生きるために役立つ、現実のとらえ方ってのはある。疑いなくね。僕が教えている生徒には批判的な態度無しに、それらの本を読むようにと言っている。理論は作品の終着点でなくって、その道筋なんだ。それらを積極的に読むことはより影の少ないところに連れて行ってくれるかもしれないという、過程に過ぎないんだ。


注:
ルイ・アルチュセール・・・フランスの思想家。哲学と社会科学(経済学とか)のボーダーにいた人。マルクス主義を科学的に考えようとした人で、フーコーの親分でもある。妻を射殺して入院したりもした。学生時代に読まされた遠い記憶もあるけど、よく分かんなかったので、忘れた。


どの観客のために?


R:あなたたちの世代のアーティストがコンセプチュアリズムの政治的、社会的な側面について扱うとき、アートにおけるそういったな、局面というのはどういう風に位置づけますか?また、その要因は?


FGT:その質問が出てきてうれしいよ。成功した思想が、いかに簡単に、その社会政治アートって呼ばれる罠にはまるか、気づいてたんだ。
ちょっと例をあげようか。社会的か芸術的か、と質問を投げかけると、人々はすぐに、結論に飛び越して、バーバラ・クルーガーとか、ルイス・ローラーとか、レオン・ゴラブとか、ナンシー・スペロとか、それら政治的なアーティストをあげたがる。じゃあ、いったい誰が政治的じゃないアーティストなのだろうか。まるで、歴史においてそれが可能だったかみたいだ。抽象表現はどうだろう。政治的なアーティストで成功した人を考えてみよう。ヘレン・フランケンサーラーだ。では、どうして、フランケン・サーラーがコスースや、ハンス・ハーケや、ナンシー・スペロやレオン・ゴラブや、バーバラ・クルーガーより、成功した政治的なアーティストといえるのだろう。なぜなら、彼らは政治的に見えないからだ!そして、その作品が自然についてだと僕達が知っているからだ。それらが、人生の規範、(僕らの扱っている文化的な側面がなんであれ)についてだと知っているからだ。ということから、フランケンサーラみたいなアーティストが政治的な問題を持ちかけることにおいて最も成功したアーティストだといえる。なぜなら、彼女は非常に明確に「右より」なテーマを持ち出しているからだ。

注:
ヘレン・フランケンサーラー・・・布に絵の具をしみこませたりする技法で絵を描くペインター。ぼく的にも過剰な評価を受けているように思う。

例えば、1989年に国務省が僕に送ってきた手紙がある。僕に「芸術と大使プログラム」のために作品を出して欲しいと頼んできたものだ。そこには、仰々しくもジョージ・バーナード・ショウが引用されている。こんな風に。「拷問に対して、アートは非常に説得力のある武器だ。」国務省が、拷問について見切りをつけているか僕は知らない。たぶん、見切りなどつけていないだろう。(彼らは都合よく両方を使いこなしていると思う。)とにかく、この手紙をみてみると、彼らが本当に何を求めているのか(フランツ・クラインの作品をほじくりかえすといったこと)を見落とすだろう。非常に興味深い手紙だ。なぜなら、この手紙はある意味「透明」だからだ。もうひとつ例がある。白人でストレートの男のアーティストと展覧会を開くとする。そのとき君は、わざわざそのことを取り上げたりはしないだろう。だっておかしいもの。それはとても「あたりまえ」なことだから。でも、ブルックリン出身の黒人のレズビアンの彫刻家を四人取り上げたとすると、彼らは絶対、「ブルックリン出身のアフリカ系レズビアンアーティスト」と取り上げるはずだ。

注:
フランツ・クライン・・・書道っぽい抽象画を描くペインター。要するに政治っぽいテーマを前面に打ち出したアーティストはうざったいってことなんじゃないかな。


R:つまりどういうこと?あなたは誰に向けて作品を作っているの?


FGT:「誰があなたにとっての観衆(public)か?」と聞かれたら、僕は正直に、そして、はぐらかしたりなんかせず、ロスだと答えるよ。僕にとってロスこそが観衆なんだ。その他の人々はただ作品を観にきているだけ。最近の僕のハーシュホーン美術館での展覧会で、これは、長い経験の中でとてもよかったと思える事なんだけど、そこの警備員を作品のなかにうまく取り込めたことだ。僕は彼らとよく話しをしたし、よく手伝わせたりした。彼らは、その場で八時間もいたわけだし、僕は監視員をただの監視員だとはみなしていなかった。監視員はそういう意味で観衆だったんだ。なぜなら、もう片方の質問の答え「誰があなたの観衆か?」の応えは、そう、「あなたの周りの(監視員も含む)人々」だから。ワシントンの人々はよく僕に、「あなたは監視員に何かを教えたり、レクチャーしたのか?」って聞くけど、「いや、ただ、作品を作っていときに話しただけだ。」って応えている。そうするとワシントンの人たちは「監視員がやってきて、観客に何をすればいいかとか、どこに行ったらいいかとか、何を観たらいいかとか、どんな意味があるのかを話すなんて聞いたことがない。」って言っていた。でも、やはりここでも、労働者の区分けや、その役割については、いつも、誰かの政治的な課題のもっていきかたの問題なんだ。


注:
ロス・・・トレスの恋人で彼より、先にAIDSで1991年に死亡。
監視員がどうのこうの・・・最近ではこういうインストラクター的なあり方は当たり前になりつつある。


政治的な舞台


ハーシュホーン美術館で、キャンディーをフロアーに敷き詰めた作品「無題(気休めの薬)」のそばにいた、監視員は特別だったよ。彼女は素晴らしかった。あるとき、郊外のミドルクラス風の白人の母親が二人の息子を連れてやってきたんだけど、監視員の彼女は(黒人で、教会によく行くワシントンの公務員風の人なんだけど。)この作品の参加する楽しさをふまえて、彼女はその母親と子供に、AIDSのことや、この作品が表していることとか、偽の薬(プラシーボ)は何かとか、(AIDSの)治療法がないことなどなどを説明していた。そしたら、その子供たちは床のキャンディーを拾ってポケットにいっぱい詰め始めた。彼女は学校の先生みたく、「取るのは、ひとつだけね。」って言ったんだ。子供たちはがっかりして、キャンディーを全部戻した。でも、ちょっとして、監視員の彼女はにっこり笑って、またこう言ったんだ。「そうね、二個ぐらいならね。」彼女は完璧に彼らの上にたっていたんだ。完璧にうまくいったと思ったよ。だって、彼らは作品を持ち帰ろうとしたし、そこにはインタラクションがあったわけだし、同時に寛大さも得て、彼女と関わることもできた。それって凄いことだ。


R:あなたは、説教臭いプロテスト・アートを作る世代にありがちなやり方を、打ち破る方法があると思いますか?そういった作品は、遅れた社会を導こうという考えに基づいていると思うのだけど、アーティスト個人が道徳を導くものだと期待されている一方で、ある時点で、彼らは、純粋さを失っていってしまうように思えます。結果的に彼らの言うことすべてが、うそ臭くなっていってしまわないでしょうか。こういうことは何度も何度も起こりました。まるで、アートが政治的、文化的にどんどん追求していくというより、アートの社会的な内容が、道徳的な個人の取り組みにおいて非常に限られたものであるるかみたいに。


FGT:では、政治的な舞台に話を戻してみよう。本当に政治的な舞台というのは、そうだね、、あまり「良くない」とされる政治家が、とても具体的な方法でもって、かつ、親密で個人的なレベルにおいて、僕たち多くの人々の生活のクオリティを向上させるなどして、素晴らしいことをするかも、ということなのかもしれない。ジョン・F・ケネディが始めたプログラムみたいに。僕は彼によるところが大きいよ。僕は、彼がそのプログラムを始めたことによって学校に行くことができた。女たらしで、酔っ払いでその他イロイロな、やくざがらみの男が可能性を切り開いたおかげで、僕みたいな人間がローンを組んで学校に行けたんだ。これはひとつの例だけど。資本とかベネトンとかは悪だと言っているプロテスト・アートについてみたいな、もっと分かりやすいレベルまで話を進めてみようか。彼ら、プロテスト・アートが言っているみたいなことは、みんな百も承知だろ。ニュースでわかるようなことをわざわざギャラリーに持ってくることもないだろうに。


禁欲的な反美学


R:禁欲的な反美学についてはどうですか?


FGT:僕はにいらなね。まったくいらない。モネとヴィクター・バーキンだったら、モネを取るね。でも、さっきも言った通り、美学というのは政治だから。たとえ政治についてではなくても、それは政治なんだ。なぜなら、誰がその美学を決めているのかとか、また、どの時点でとか、どの社会的なクラスが(決めている)とか、そういった人々のバックグラウンドは?とかいう疑問をもつとき、一見そうは見えなくても、最も効果的なイデオロギーの仕組みなんだと、すぐに気づく。君が自分を政治的だとか、観念的だとか、言うと、(逆に)そういった仕組みはうまく働かない。なぜなら、君がどんな経緯を経てきたか人々が知っているからだ。でも、君が「ハイ!僕はボブっていうんだ。そんだけー。」って言うとき、人々は君を政治的だとは思わない。それは見えないことだけどうまくいくんだ。僕は観衆を魅了する美しさの確固たる要素というのは、なくてはならないものだと思う。僕は、マッキントッシュチェアーに姿勢よく座ってフレデリック・ジェームソンを読んでいる人のためだけに、作品を作っているわけじゃない。でかくて茶色いLazy-boyチェアーに座ってテレビ番組「the Golden Girls」とかを見ている人のために作りたい。彼らも僕の観衆の一部なんだし、そうあってほしい。監視員の女の人も観衆の一部というのも同じことだ。


R:グループ・マテリアルみたいな、政治活動家との協力プロジェクトに加わって敬意を得たうえで作る、アートの社会的な形が、明らかに人をひきつけるという問題についてはどう思いますか?彼らと作るあなたの作品と、独立して作る作品の関係は?


注:
グループ・マテリアル・・・1979年にニューヨークで活動を開始したアート集団。トレスは中心的なメンバーの一人だった。アートが政治に深く関わるべきという考え方に基づいて結成され、日用品やアーティストじゃない人々の作品を並べたりしていた。


FGT:グループ・マテリアルに頼まれるときはいつでも、独立したアーティストとして作品を作っていた。確かなのは、僕だけでできることは、グループ・マテリアルではやらなかっただろうということ。まずはじめに、彼らはまったく民主的な団体で、学ぶところがあったし、流動的で、エキサイティングで、すべてが合意に基づいていた。(その団体の良い点だ。)たくさんやらなければならないことがあったけど、100%うまくいっていた。でも、一人の独立したアーティストとして、やりたいことがあったのも確かだ。そして、コラボレーティブな活動は(そういった意味では)その役には立たなかったといえる。


R:グループ・マテリアルのインスタレーションは通常、パブリックな場所でおこなわれたのですが、他の環境に置かれたあなただけの作品とどう違っていましたか?


FGT:そうだな。紙が積まれた作品を考えるとき、とくに初期のやつは、あれは、巨大なパブリック彫刻についての作品なんだ。1988-89年に僕があの作品を作り始めた頃、パブリック・アートという言葉が流行り言葉だった。僕が興味を引いたパブリックと、単に屋外ってのの違いは話されていなかった。それは、ちょっとだけ違うんだ。パブリック・アートは本当に公共なもので、でも、屋外のパブリック・アートは耐久性のある素材で非常に良く作られていて、どこかの屋外の真ん中におかれている。なぜならそれは、(単に)屋内には大きすぎるからね。僕は僕が考えていた本当のパブリック彫刻ということについて満足させる解決方法として、紙が積まれた作品を思いついたんだ。それは他の人がものを撒き散らした作品を作り始める前だった。だから、人々がアンドレ・ローセンのギャラリーに入ってきて、紙が積まれた作品をみると、彼らははとても混乱していたよ。ただの印刷所みたいだったからね。それは面白かったよ。そして、だから、初期の作品にテキストを印刷したんだ。インフォメーションを戻そうという試みだ。例えば、新聞からの小さな抜粋を持ってきたりしたよ。新聞はインスピレーションの一番大きなみなもとだからね。なぜなら、二度読んで、目の前で、それらのイデオロギーの成り立ちが明らかになるのが分かるだろう。それはただ単に作品の雰囲気とかオリジナリティーとかを問題にしているだけじゃない。その作品は三つの場所で三回、再制作することもできるかもしれない。その作品がオリジナルだということは、内容の信頼性の確かさだけに基づいている。僕はいつもこういうことがパブリック彫刻だと言ってきた。プライベート・スペースと呼ばれている場所に展示されているかどうかというのは意味を成さないんだ。すべてのスペースはプライベートだし。すべて、お金を払わなきゃならない。彫刻をちゃんとした経路を通さないで、パブリックな場所におくことはできないしね。だから、パブリックとプライベートの境というのは単なる言葉遊びに過ぎないと示したかったんだ。


文化戦争の情勢


R:文化的な争いの次の局面はどういったものになるでしょう。NEA(全米教育協会)や、検閲や、多文化主義はどのようになっていくのでしょう?色々な事が一巡りして方向性も大分変わったように思いますが、それが、どこを向いているのかは確かではないように思えます。


FGT:しばらくは今のままいくだろうね。でも、まずはじめに、それを論争と呼ぶべきではない、と言わなければならない。カムフラージュというべきじゃないかな。もちろん偶然そうなったわけじゃない。知っての通り、カルチャーとして起こること全ては、それが必要とされていたからだ。たしかに、長い間そこにあるものでも、それが必要とされていないものもある。カルチャーはそう言うことに対して、対処できていない。そういうあり方は、物理的にも、最前線にひっぱていくという意味でも、正しい社会の状態とはいえない。カルチャーにおける全てのことがらは、こんな調子だ。シカゴでちょうどこのことをレクチャーしたんだ。僕は、データを観て前回の共和党政権時代の80年代に何が起こったかを理解しようとした。どのようにして右より連中の政治意識が埋め込まれていたかとか。それは、同性愛嫌悪の連中や人口の1パーセントの金持ち連中の意識だったんだ。非常に明確で単純だったよ。しかし、そこには僕たちが愛すべきものがあったわけだ。僕たちは自分たちが貧しいことを好んでいるし、上流階級があるってことも同時に好んでいる。心の奥底で王朝時代を懐かしんでいるんだ。なぜなら、もう少しでアメリカが手に入れられそうだった「アメリカの王家」という希望が得られるからだ。でも、どうして他の全ての工業化された国の中で、予防接種を受けている子供の割合が低いことを心配しなければならないんだろう。どうして、150ドルをシアトルの、あるアーティストにくれてやって、彼のHIVの血液を使ったばかげたパフォーマンスをやらせることを、ガックリこなきゃならないんだろう。どうして、メープルソープに10,000ドル上げたり、5000億ドルを禁輸業界を守るのに使うということをガックリこなきゃならないんだろう。なぜなら、アメリカの家族への脅威のせいだ。アメリカの家族への本当の脅威はダイオキシンでも、ちゃんとした住宅が足りないことでも、1989年から21パーセントも銃で死ぬ人が増えたことじゃない。


カモフラージュ


それは、脅威じゃないんだ。本当の脅威というのは、二人の男がアレを突っ込んでいる写真のことだ。あれは本当に僕たちをめちゃくちゃにする。それは僕に家族とは、なんなのだろうと悩ませる。たった一枚の写真で壊れるてしまう、制度というのは、なんて脆いものだろう。もちろん、何で今、この問題なのか?とか、他にもいろいろ起こっているだろうともいえる。でもそれは、彼らがすでに勝ち得たものを隠すためのカモフラージュなんだ。


ゲリラ戦


右より連中は非常に賢いと思うよ。火星人がどうのこうのとか言う前に、まあ、火星に生命がいないのはもう分かってるけど、彼らは、ロシア人が侵略しようとしていると言っていた。でも彼らすら、もうそこにはいない。ソ連は沈みつつある。では、なにかビジュアルで象徴的なもの(攻撃対象)が残されているだろうか。−−−そうアートだ。特に、そう、ホモセクシュアルなイメージを扱ったアートだ。そして、僕は、いわゆるゲイ・アートをやっているアーティストや、彼らがゲイの欲望の対象としてみなしているものについて、イライラした気持ちを抱いている。ハーシュホーン美術館で展覧会を開いたとき、同性愛嫌悪のアンチ・アートなスティーブンス議員が、オープニングに来た。いかにポルノ的で同性愛的なエロティシズムを、二つの時計を並べた僕の作品や、印刷物を積んだ作品や、(ビーズの)カーテンから、彼の支持者に説明するのかは難しかっただろうね。彼は、男のアレとか肛門を探しに来たわけだからね。そんなものはありはしなかったんだ。今は、その同性愛的なエロティシズムを作品の中に見つけようとしている。ところで、ここに、「スパイ」になりたがっていたキリスト教連盟ディレクターの素晴らしい引用がある。それは、「わたしは見えない存在になりたい。そして顔に迷彩を施し、夜間を移動し、ゲリラ戦をする。」というものだ。これは良いよね!まったく傑作だ!僕たち、左よりの人間は「今、菜食主義だ」なんてくだらないTシャツを着るのを止めなきゃ。集会に出て、潜伏し、一旦、社会の内側に入ったら、その実力を行使させる。僕もその「スパイ」になりたいよ。僕も他の人たちに姿かたちを似せたい。もっと前にそのことを思いつくべきだったんだ。ストラテジーを見直し、60年代の赤いこぶしを掲げた旗が無意味だといことに気づくべきだったんだ。今は意味ないでしょ?僕はもう誰かの「敵」になりたくない。「敵」は簡単に追放されて攻撃される。僕がホモセクシュアルの欲望について作品でやりたいことは、もっと、色々な事をひっくるめ、まとまったものなんだ。鑑賞する人が時計の作品や、印刷を積んだ作品や、カーテンの作品を観るときはいつも、かれらに注意深く考えてもらいたい。彼らにポランスキーの「反撥」の主人公が彼女の処女性を脅かされる時みたいに感じて欲しい。全てのことは性的な事柄をもっている。壁も、道路も、すべてそうだね。


R:わたし達はすでに、このことに触れましたね。しかし、あなたは、若いアーティストがたくさんのセオリーを読みこなし、そして、しばし、人々を威圧し突き放す、そのセオリーから生まれる作品を扱う世代から出てきました。そして、それは多くの人々の気をそぐものです。実際、彼らは基本的な考え方すら拒否しています。なぜなら、芸術的に置き換えた思想を含む、そのもったいぶった様式が嫌になっているからです。


FGT:それは、僕たちの世代のアートの、自由という側面を表しているね。でも、同時に、それはものごとをより、ややこしくもしているね。なぜなら、僕たちがしていることを、たくさん正当化しなきゃならないからだ。もし、僕たちが、そうだなあ、、形式主義的な作品を作らなければならないとすると、どんなタイプの作品であれ、社会的文化的な批判が薄れていく。それは素晴らしいことかもしれない。良いペインティングを描こうが、それが悪かろうが、ただそれだけだ。グリーンバーグを読むとき、ページをめくるにつれ、どうやって線がキャンバスの端で終わっているかとかいったことに話が埋もれていく。それはとても魅惑的なことで、僕は大好きだ。僕もそういうやり方を取れる。でも、特に僕たちの世代の人間は、非常に細かい意味で、社会的な問題に取り込まれているんだ。僕たちは本当にそれに取り込まれ、実際その役割を担っている。それはすべてを含んでいるんだ。どんな服を着るかとか、何を食べるかとかも含んでいる。
これらのことは、社会的、文化的な疑問をまったく扱わない、単にきれいな抽象画に興味があったら、思いつかないことだ。形式主義的な作品は、たしかに世の中の成り立ちの一部だけど、何が間違っていて何が正しいのかを問うことには、関係が薄いだろうね。キャンバスに二つの平面がある。取り除くか、残すか。観たものが得たものだ。それは非常に美しいよ。そういうの僕は好きだけどね。

注:
クレメンテ・グリーンバーグ・・・「芸術と文化」という本を書いた批評家。50年代にアメリカ抽象表現主義という、やたらでっかいのが特徴な抽象絵画を作る人たちがメジャーになるきっかけにを作った人。形式が内容に先んじるみたいなことを言ってて、ヘビースモーカーでマッチョな人。


コントロールと痛み


これらの展覧会を終えて、僕は作品の中に、ある種の個人的なことを持ち込むのに疲れきってしまったんだ。僕自身は僕のアートじゃないから。アートは、作品の形式や、出てくる形や、どんな風にその疑問がどのように表されているかということですらない。疑問がこめられているのは僕自身だ。僕が「無題(偽の薬)」を作ったのはそれを作る必要があったからだよ。その作品が消えて、存在しなかったという状態を作りたかったという以外に理由はないんだ。ロスが死んでいくという例えだったんだ。だから、作品が僕自身を放棄する前に、僕が作品を放棄したのだろう。作品が僕を破壊する前に、僕が作品を破壊したのだろう。それはこの作品にもたらす僕のちょっとした特権といえる。ずっとそうしたいわけじゃないけど。なぜなら、結局のところ作品は僕を傷つけるわけじゃないからね。
最初から、作品はそこに存在していなかった。僕は存在してないものを作ったんだ。僕はその痛みをコントロールする。それは本当だ。それがこの作品の意味の一部だと思う。もちろん、作品のくだらない誘惑的な側面や、「本物の」アートについての作品であるべきだけど。それは分かっている。でも、その一方で、このことは(ロスのために制作したということは)個人的なレベルでは、とってもリアルなものなんだ。それはインチキ・アーティストであるということを意味しないけど、言い訳でもある。喜びへの言い訳。子供みたいにキャンディーでいっぱいにしたいというね。まず重要なのは、ロスについての作品だったということ。それから、僕自身やその他のみんなを喜ばせたかったということなんだ。


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